唐橘の花


2
「ルパン!!」
「次元!!」
お互いに叫び合いながらこちらに近づいてくる「音」がする。
それから、二人が引き連れている大量の人間たちと大層重そうな鉄の塊の音、飛び交う小さな凶器たちの音。
あれだけのトラップや兵隊もどきや弾丸に狙われながら、あんなに頼りないカラクリ道具一つでどこまでも入り込んでしまう彼らにはいつもながら感嘆の息が漏れる。自分とてその中に入って立ち回れない自信がないわけではないが、それは手元に鋭い牙があるからに他ならない。
そろそろだ。
合図を待って、腰を低く落とす。左手の鞘に力を込め、柄には人差し指からそっと右手を被せる。息を整える。空気と一体になる。周囲の時が止まる。反比例するように、向こう側の音は徐々に大きくなる。
 
来る。
 
「五ェ門!!」
 
世界が一際大きく振動した。
五ェ門は、一気に目の前の壁を引き裂いた。
崩れ落ちるコンクリート片と共に、二人が飛び出してくる。追いかけてくる弾丸を、これでもかと恨みを込めて叩き落してゆく。遠くでベンツSSKのエンジン音が鳴り響き、やっと一歩後ずさる。最後に追ってきた戦車が、五ェ門に主砲を向ける。弾が発射される一瞬前、今日はMRIさながらに輪切りにしてやった。
「乗れっ!!」
ルパンが運転席から叫んで車をスピンさせる。遠心力にも微動だにしない次元が、助手席で斬鉄剣の代わりに弾を、いや、弾を発射しうる大元を断ってゆく。その間、自分は敵に背中を向けて駆けて行き、黄色い箱に回収される。
「お疲れさん」
黄金の人魚像を脇に収めたルパンが、後部に腰掛ける五ェ門にウインクする。気障な輩だ。
しかし銃声は鳴り止まない。終わったわけではないのだ。敵は執拗に攻めてくる。車はヒステリーを起こす女のように悲鳴を上げながら蛇行を繰り返す。次元が追っ手のタイヤを狙って次々と車体を爆破させていくものの、数が多すぎた。仕舞いには、装甲ヘリまでお出ましになる。
「五ェ門、もういっちょ、やってくれっか?」
断らないことを知っていながら、ルパンがミラー越しに上目遣いで聞いてくる。わざとらしい。ギロリと一睨みして、五ェ門は再び後ろに向き直った。
「承知」

グラグラと揺れる車体の上、腰を据えて斬鉄剣を構える。

息を吐いて、標的を見据える。

ヘリが、ヘリだけが色濃く五ェ門の視界を独占する。

吸い込む。

踏み込む。
鯉口を切る。
踏み切る。
気合。
抜刀。
 
目の前に躍り出た対象が自分の殺気に慄いて動きを止める。振られた剣に気づかぬまま、そして斬られた事にも気づかぬまま、戦慄の表情で崩れていく。
いつもの事だ。
その間自分は一時も心の目を離さぬまま、散っていくものたちを見届ける。墜ちてゆく、その瞬間まで。
 
再び五ェ門が黄色い車体に吸い込まれた時、激戦の戦場にも飛び立つ装甲ヘリは、見事微塵切りにされていた。
 
「ヒュ〜ウ、相変わらずやることが派手だねぇ、ゴエモンチャンは」
蛇行をやめたルパンが、火煙を振り払いながら流れるようなハンドル捌きで公道への道を辿り始めた。
「そうさせてんのはおめぇだろうが。なぁ五ェ門?」
助手席で踏ん反り返る次元がシケモクを咥えてクツクツと笑った。その帽子が、火に赤黒く照らされている。
「む」
いつも通り自分は一言だけ返すと、剣を抱えて目を閉じる。脳裏に今回の戦利品を思い浮かべてみる。悪くはなかった。仕事も成し遂げた。達成感だって、満足感だってきちんとある。
でなければとっくに見切りをつけているのだ。
 
ルパンと次元がまた何か言い合いをしている声が風に乗る。
 
煩い。
 
…いや、何も案ずることはない。

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