Day After Day

5.Good Midnight

「見つけたぞ、ルパン!!」

目覚ましにするには最低のベルだった。突然、聞こえるはずのない声が聞こえるはずのない時間に聞こえるはずのない場所で聞こえてきたのだ。条件反射で飛び起きた次元は、腰のマグナムを引っつかんで電気の消えた部屋の中に目を凝らした。珍しく気分が悪い。ルパンに付き合って悪酔いでもしたか。そんなに飲んだつもりはないのだが…。

声の主、銭形の姿はすぐに見つけた。電気の消えたリビングの外、玄関から続く廊下の電気をつけたのだ。ここのドアは閉まっていたが、影が鬼警部の存在をこれでもかと主張していた。隠れもせずに、ワッパを振り回してゆっくりとこっちの獲物を狙っている。探す手間は省けたが、こちらがピンチなのには変わりがない。

「おい、ルパン。」

隣で鼾を掻いているルパンを揺さぶる。五ェ門は、次元が起き出すちょっと前に既に気づいていたらしい。リビングのドアの隣に張り付いて様子を伺っていた。

「ルパンってばよ!!」

酔って寝込んだルパンはなかなか起きない。揺さぶると一瞬何か呟くのだが、直ぐにまた高鼾を再開する。起こさず放って置くという手もあったが、あとで警察まで迎えに行くのが面倒だった。

そうしている間に銭形の手がノブに掛かったのがわかった。五ェ門がそっと斬鉄剣の鯉口を切る。足止めをするつもりなのだろう。しかしいくら斬鉄剣が頼もしいとは言っても銭形を切るわけにはいかない。時間は大して稼げそうになかった。何とかルパンを起こさなければ。

「ルパン!!」

もう一度揺さぶる次元と、ドアを開けた銭形の声が重なった。

「うわっ!!」

二人の声の大きさにルパンが飛び起き、目の前の残鉄剣に銭形が飛び退った。

「ななな何しやがる、五ェ門!!」

「ななな何事だぁ?」

目をパチクリさせていた銭形が声のした方向へ視線を滑らせルパンの姿を捉える。同時に寝起きのルパンの目も銭形を捉えた。

「ゲッ。とっつあん…」

「ルパン!!逮捕だ!!」

このままでは捕まる。何とかしなければ。

「ちょっと待て、とっつあん」

斬鉄剣越しに手を伸ばした銭形を止めたのは次元だった。リビングの電気をつけて周りを明るくする。

「何だ次元。見逃してくれと言うのは聞かねぇぞ」

「そうじゃねぇ。落ち着いて話そうじゃねぇか」

次元の狙いはルパンに考える暇を与えることだった。この状況を見れば、いくらルパンでも逃げ出す方法を考えるだろう。

「まず、一体どうしてここがわかった」

「そんなの、勘に決まってるだろうが。逃げ出したルパンが入りそうな所を手当り次第探し回ったんだ」

少しだけ自慢げに銭形が鼻の穴を膨らませた。そう言えばさっきルパンが銭形に見つかったと言っていた。あの時もっと用心しておくんだった。銭形の鼻が尋常でなく利くことはイヤと言うほど知っていたというのに。冷静なつもりで次元も酔っていたのだろう。

「もういいだろう、其処をどけ」と、五ェ門に向かって銭形が暴れ始めた。隣のルパンはまだ動く気配がない。質問を続けなければ。

「それからだ。今日のルパンはまだ何も盗んじゃいないはずだが、なんで追いかけてきた」

一か八かの質問だった。国際指名手配犯の自分たちは「現行犯」でなくとも簡単に逮捕できてしまうのだが、単細胞の銭形が「そう言えばそうだ…」と言ってくれることを期待していた。納得してくれなくとも、考え込んでくれればそれでいい。がしかし、なぜかそれが逆効果だった。

「盗んじゃいねぇだと?」

聞いた途端に銭形の目が険しくなったのだ。どうやら失敗だったようだ。必要以上に怒っているようですらある。次元はお手上げ、気づいたルパンが慌てて銭形の前に立ちはだかった。

「とっつあん、ごめん!!あまりにもいい匂いがしてたもんだから食べちまった!!」

「あぁ?」

その場にいた全員がそのセリフに固まった。「タベチマッタ」?

次元は鈍い頭を働かせて、さっきまで酒のつまみにしていたものを思い出してみた。さして家にあったもの以外は食べていないような気がする。何なんだと思いつつもテーブルの上に目を滑らせて見つけてしまった。真ん中で幅を利かせている、ヌカ床のような、蓋の半分開いた瓶を。

「ルパン…お前…もしかしてこれを銭形の家から盗んできたのか…?」

言いながら次元は血の気が引いていくのがわかった。思い出した。いい頃合になってきた頃、いいものがあると言ってこれを出してきたルパンが中に入っている味噌をクラッカーにつけて食べ出したのだ。確かに、塩味が利いてなかなかうまかった覚えがある。中身はもうないはずだ。しかし銭形のものだと知っていたら決して口はつけなかった。

「だってよ、むしゃくしゃしてたらとっつあんの家が目に入ってよ。ストレス発散と言うか振られた当てつけというか…」

ルパンが言い訳めいたことを口するも、最早そんなことは誰の耳にも入っていなかった。

「お前…あれを食っちまったのか…?」

さぞかし怒り狂うだろうと思っていた銭形ですら、なぜだか固まっていた。ルパンに食べられたことがそんなにショックだったのだろうか?うまかったことにはうまかったが、そこまでショックを受けるほどの味だったとは思えないのだが。

しかし銭形の次の一言を聞いて、ルパンはおろか、次元や五ェ門までもがその場で観念せざるを得ない状況になってしまった。

「お前…あれ…銭形様特製水虫薬だぞ…」

どうりで気分が悪いはずだ。その場でルパンを撃ち殺さなかったことを、次元は自分で褒めてやりたい気分だった。


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