Day After Day
4.Good Night
意気揚々と出かけて行ったルパンは案の定、ものの一時間もしないうちに戻ってきた。
「お早いお帰りだな、ルパン」
片手に持ったコニャック入りのグラスを軽く持ち上げ、皮肉を込めて次元が笑う。思った通りだ。あいつの下心はどんなに鈍いオンナにだってバレるのだ。どうせすぐ帰ってくるだろうと思ってグラスは余分に出しておいた。五ェ門がついさっき戯れで作ったばかりの綺麗な球形の氷を入れて、次元はその中にバーボンを注いでやる。
「そ〜れが聞いてちょ〜だいよ!!」
舞台俳優のように大袈裟なリアクションでグラスを受け取ったルパンは、丸いテーブルを囲んだ二人の間にどっかりと腰を下ろした。
「いきなりとっつあんが出てきやがってよ、彼女に俺が泥棒だってばれちまったんだ。そしたら彼女何て言ったと思う?『私、社会の秩序を乱すような人は嫌いなの!!』バッチーン…ってこれビンタの音ね。だぁってよ!!なんでぇなんでぇ!!とっつあんもとっつあんだけっどもがよ、あの子直前まで宝石眺めてデレ〜っとしてたんだぜ!?『私、もう今夜はあなたに何されたっていいわ〜』みたいな顔しちゃってた癖によ!!とっつあんが来た瞬間、掌返したようにコロ〜ッと、なんて酷くねぇかい?そのくせちゃっかり宝石だけ持ってっちまいやんの。ま〜るで可愛くねぇ不二子かと思ったぜ。ったくこれだから女は嫌だねぇ。俺様の良さをわかんねぇ女なんかこっちから願い下げだーっつーの!!」
これだけ一気にまくし立てるとぐいっとグラスの中を呷る。それから次元が自分に注ごうとしていたのを無理矢理むしり取ると、ドボドボと次を注ぎ足した。
「おいルパン…悪酔いするぞ…」
見かねた五ェ門が口を出すも、今のルパンには聞こえないらしい。愚痴りながら立て続けに五杯は呷っただろう。あっと言う間に性質の悪い酔っぱらい顔になってしまった。
「ッカーッ!!彼女落とすのに俺がどれだけ苦労したかお前らにはわかんねぇだろっけどよ、俺は必死だったんだぜ?あの俺の働きっぷりを見たらお前ら俺に惚れ直すだろうね。『きゃ〜ルパン〜素敵〜』なんつってよ。ってこれじゃ女じゃねぇか。気〜持ち悪いことすんなよ。気持ち悪いったら…」
「ルパン」
黙って聞いていた次元が久々に口を開いた。もうすでに言っていることの訳がわからなくなっているルパンのマシンガンを一言で制す。
「なんでい」
酔って目の据わっているルパンと、帽子に隠れた次元の目が合った。もしかしたら実際には二人の目は合っていないのかもしれないが、ルパンが次元を見、次元がルパンを見、そしてお互いがお互いを認識していることに変わりはない。
見つめ合うこと数秒。
「好きだったんだな」
ポンと次元が肩を叩いた瞬間、ルパンは今まで押さえていたものをさらに吐き出すように、次元に抱きついて泣き出した。
「ジゲ〜〜ン!!お前だけだよ、そんなこと言ってくれるヤツはよぉ。俺はホンットに惚れてたんだぜ?でもよ、結局女なんてのは男を食い物にして生きてくだけなんだよな。彼女にしても不二子にしてもよぉ。」
「だから女になんて夢を持つなって、いっつも言ってるじゃねぇか。これに懲りたらな、しばらくは女になんて構うな。いいか?」
言いながら背中をさすってやる。コクンと頷いたルパンはまた愚痴を再開させた。常にそんな気持ちを覚えていればタラシ癖も直るんだろうが、ルパンは女に関する痛い思い出だけは一晩も掛からずに忘れてしまう。どうせ明日には新しい女のケツでも追い掛け回していることだろう。次元は心の中で小さく舌打ちをした。せっかくだから今のセリフを一言一句残さず録音しておけばよかった。そうすれば「酔ってた」とか「忘れた」とか都合のいい嘘はつけなくなる。仕事に女を絡めることもしなくなる。
「よしルパン、今夜は飲め!!食え!!」
突然、感極まったような五ェ門の声がした。ルパンのグラスに大吟醸をなみなみと注いでいる。いつ席を離れたのか、冷蔵庫に入っていたはずのタコサラダと五ェ門特製ダレもテーブルに並んでいた。タコが見えなくなるほどタレを掛けてルパンに差し出す。
「お主らの友情に感動した!!ルパン、次元。拙者は一生お主らについて行こう!!」
顔色は一つも変わっていなかった。呂律もしっかり回っている。が、五ェ門も相当酔っ払っていることに次元は今更気づいた。寝ていない事が祟ったのだろう。普段ならばこれくらい水のように飲みきるので油断していた。
「ありがとう五ェ門!!やっぱり持つべきものは友だよなぁ!!」
そう言って、ルパンは大して中身も確認せずにサラダを掻き込んだ。