Day After Day

2.Good Afternoon

午後になって家事も一段落し、きれいになったリビングで次元が愛銃の手入れをしていると、玄関のドアをノックする音がした。音信不通だったはずの五ェ門だった。

「よぉ、五ェ門。久しぶりじゃねぇか。今度は何を悟ってきたんだ」

ドアを開けて快く入れてやる。修行を終えてフラフラと歩く五ェ門は、何だか少し痩せたように思えた。

「…うむ。人間の煩悩という煩悩についてちょっと、な…」

「なんだ、蚊の鳴くような声出しやがって。またアマ〜い恋にでも落ちやがったか」

クックック。思わず笑いが漏れてしまう。人の恋路を笑っちゃ悪いとは思うのだが、こればかりはどうしようもない。対照的な五ェ門は、苦虫を噛み潰したような顔で小さく反論する。

「…無礼な。そんな訳なかろう…」

「どうだか。大体お前さんは見た目と違って女に夢見やがるからな。またどっかのお嬢さんに…って、おい!!」

リビングまでの廊下を歩きながら冗談半分に次元が軽口を叩いていたその時、五ェ門のフラフラした体が目の前で綺麗に崩れた。

「五ェ門!!おい五ェ門!!どうした!?」

次元は大声で叫びながら倒れた五ェ門の様子を診た。ぱっと見では外傷はない。かすり傷一つなければ着物も全く汚れていないから、誰かにやられたわけではなさそうだ。外傷でなければ何らかの病気である可能性があったが、まさか普段から仙人のような生活をしている五ェ門が病気で倒れたとは到底思えなかった。

毒でも盛られたか?

とにかく原因を突き止めなければ。呼びかけながら脈を取ったり熱を計ったりしていると、リビングのテレビで、よりにもよってこんなタイミングでコメンテーターが追い打ちをかけるように言い放ったのだ。

「最近は脳卒中患者の若年化が進んでいるんですよ。ええ。健康を自負している方ほど危ないんです。」

脳卒中。脳の血管の障害により、突然意識を失って倒れ、手足などに麻痺をきたす疾患聞いた次元の顔が真っ青になる。まさかというまさかの事態が起きてしまったかもしれない!!すぐにルパンを呼ばなくては。一刻も早くルパンにその道の医者を呼んでもらおう。しかも脳となれば名医でなければ駄目だ。

「おいルパン!!」

そう言ってルパンの部屋のドアを蹴破ろうとした時。

「ぐーーーーー…」        

片足を上げたままピタリと立ち止まった次元は、そのまま首だけゆっくりと振り向いた。

「そんな『オヤクソク』かよ…」

確かめるまでもない。鳴っていたのは五ェ門の腹だった。奴は空腹で倒れたのだ。大方、金がなくて修行先からここまで寝ず飲まず食わずで歩いて来たに違いない。「これも修行のうち」とか何とか言ったって、結局迷惑を被るのは周りの人間なのだ。

「『いい加減にしろ』って言葉はコイツのためにあるに違ぇねぇな」

いくら恨ましげに睨んでみたところで、腹を空かせて死にそうな侍に気持ちは届くまい。仕方なく再び台所に向かうと、朝の残りと有り合わせの物で料理を作ってやった。

「おい、五ェ門。そんなところで寝てるとルパンに踏まれるぞ。飯食え、飯」

廊下に戻ってさっきよりも何倍か乱暴に揺さぶってみると、五ェ門は斬鉄剣を杖代わりにして何とか自力で立ち上がる。小さな声で「忝い」と呟いていた様な気もするが、小さすぎて次元には聞き取れなかった。

倒れるほど食に飢えてた癖に、五ェ門はテーブルを通り越して台所に向かい、冷蔵庫から小さな小瓶を取り出してから席に着いた。常に日本食を欲する彼の必需品なのだろう。それをかけると全てが懐石料理の味になるといつだか言っていた。ドレッシングのようなソースのような不思議な見た目をした茶色い特製調味料をかけてがっつく五ェ門が、タコサラダをしっかりルパンの分だけ残しているのを確認すると、次元はやっと安心して銃の手入れの続きに取り掛かった。

全く、手のかかる友人をたくさん持つと苦労するものだ。


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