A desire for exclusive possession














もちろんちょっとした悪戯心だったのだ、最初は。
悪いのは私じゃない。

久方ぶりに目の前に現れた恋人は、人が丹精込めて振舞った手作りの夕食もそこそこに、せっかく遠くまで赴いて探し出してきたワインをミネラルウォーターのように飲みながら、いつもの赤いパッケージを破りつつ、酒の肴に相棒の武勇伝をさも楽しそうに話し続けていた。私もよく知っている、かつては淡い恋心も抱いたことのあった、現在の仕事仲間だ。
今、この部屋には暖炉、ツリー、ふかふかのソファ。テーブルには七面鳥とケーキ。この日には欠かせなそうなアイテムたちが見事にそれらしく飾り付けてある。本当だったら誰にも邪魔されずに、思う存分二人きりのクリスマスを楽しんでいるはずだった。
それなのに彼の話すその武勇伝は、私が彼らと出会うずっとずっと前のものだったし、そこには私は勿論、五ェ門だって入り込む余地は無かった。必要以上に年季の入った男同士の固い絆ってヤツを見せ付けられて、しかも目の前では、今しがたそれが行われたばかりだったかのように生き生きした目で話されている。この男がそんな目をする時はそうそうないし、それに対して変な嫉妬心を持たない方がおかしい。後から考えてみれば、それだって彼の計算のうちだったのかもしれないけれど。
だとすれば、結果的に私はまんまと罠に嵌められたことになる。
「ねぇ」
二人がけのソファの端に座って聞くともなしに聞いていた私は、もう一方で組まれていた次元の長い足の上に体重を移した。精一杯の、「オンナラシサ」を演出してみせながら。
「なんだ」
答える顔はそれでも尚私を見ない。早撃ち0.3秒を叩き出す右手に握られたボルドー色の液体を、何とも愛おしそうに眺めていることに、余計に腹が立ってしまった。わかってやっていると知りながら。私はいつも同じ手に引っかかる。これじゃあ不二子に騙されるルパンを責められやしない。
「あたしとルパン、どっちが大事」
ライバルの一つを右手から引き離し、代わりに一気に呷ってやる。初めて次元が私を見た。コレで邪魔者は消えたと思ったのに。飲みきれず顎を伝った一滴を、ヤツは名残惜しそうに掬って舐めた。器用に片頬を吊り上げながら。こんな笑い方をする人間をもう一人知っている。どちらの癖がどちらに移ったのか、それも私にはわからない。でもそんな些細な仕草ですら、今の私には恨めしい。
「…おめぇ、そりゃ。『彼女に言われたくない台詞ベスト10』で常に上位をキープしてるような台詞だぜ」
「あら、詳しいのね」
時代遅れのガンマンから発せられた意外にも世俗的な一言に、嫌味を返すも思わず笑ってしまった。
「情報収集は大事な仕事だ」
若干の誇らしさと共に次元はおどけて胸を張る。まさかホントにそんなこと思ってるわけじゃないだろうけど。手を伸ばしてテーブルの上へグラスを置きながら、私は呆れて眉を下げた。
「…ただのヒマ人よ」
「言ったな?」
拗ねたような抗議と共に突然世界が反転し、次元に圧し掛かっていたはずの私はあっという間に組み敷かれる形になった。
「ど・の・ク・チ・だ?そんな生意気な口利くのは」
ツイと顎を右手で押し上げられ、普段は鋭い細目と視線が合った。やっとライバルを蹴散らすことができた満足感と、こんな角度から次元大介を眺めることができる人間はそうそういないだろうという優越感で、私は密かに胸を一杯にした。
「悪かったわね。優秀な泥棒さん」
挑発するように、目を細めて口角を上げる。ちっとも悪いだなんて思っていない。そして次元だって、ちっとも謝って欲しいだなんて思っていない。
「わかりゃいいんだ。わかりゃ」
親指で顎を弾かれた。私をからかって遊んでいる。
「でも、質問の答えはまだ聞いてないわよ」
生憎私も負けるのは好きじゃない。新たなワインに伸びかけたその腕に、噛み付いてやる。
「…まだ続いてたのか、その話」
意外そうな顔をして、次元がちらりと目を向けた。それから急に、上に体重がのしかかる。
「当たり前…って、ン…チョッ…とっ」
「俺は答えよりも、コッチの方が早く欲しいね」
意識は再び私の元へ。話を逸らしたいのか何なのか。深い深い、気の遠くなるようなディープキス。それに続く全身への愛撫。壊れ物にでも触るように繊細な唇。
次元に見てもらえないのも悔しいけれど、私は、ヤツが主導権を握っていくのも心から悔しい。だから必死の抵抗は最初の数秒間、無駄とわかっていてもいつも試みられるのだ。
「アンタの…ッ。意見、ナンテ…。キ、いてナイッ!!」
「固いこと言うなよ」
私の減らず口を塞ぎながらクツクツと喉の奥で鳴る笑い声。私に触れて徐々に熱を持つ指先。唇。そして躰。
思わず仰け反る私。
今、この瞬間、この腕の中で死んでしまいたいといつも思う。


「じゃあお前は、俺とルパンどっちが大事なんだ」
うつらうつらとした意識の淵で、ふとそんな声が聞こえた気がして私は無理矢理頭を戻した。
「…どうして」
「俺の向こうにゃルパンがいるだろう」
この男の中にそんな感情が渦巻いているとは思わなかった。意外な一言に目を見張る。ベッドの中で次元は、私の視線を避けるように煙の行方を追いかけていた。
「そうね。そうかもしれない」
最初は、心にルパンを住まわせられなくなった寂しさで隣に視線を投げかけていたのかもしれない。隣を見れば、ルパンと同じような匂いの人がいる。同じように笑う人がいる。そしてその人は私を決して拒まない。自分の心を騙すには最適なことこの上ない。
でも、とそう前置きして私は続ける。慎重に、言葉を選びながら。
「お互いの向こうに透けて見えるだけですむほど奥ゆかしくないんじゃないの、ルパンも、あなたも」
私は今やたまにルパンへ憎しみにも似た感情を持つことがある。私には絶対にさせることのできない表情を、ルパンは次元へいとも容易くやってのけるから。
ルパンと次元、心に二人も留めて置く事は絶対にできない。
逡巡してから何かに思い当たったのか、次元は煙草の煙を天井に向かって勢いよく吐き出した。
「ま、そりゃそうだ」
「だから悔しいんじゃないの」
ちょっとだけ泣きたい気持ちになって、シーツの下で次元の右手を探し出す。今だけは、私の右手でいて欲しい。
「だからせめて、私の選んだ服を着て、私の選んだ帽子を被って、せいぜいルパンの隣で死んで頂戴」
視線を送った先には真新しいスーツと帽子がハンガーにかけてある。考えに考えて、次元と共にいられるささやかで最善の策。
一瞬、向こうで息を呑んだのが伝わった。
「…てえした独占欲だぜ、お前」
まるで気障なアメリカ人のように、額に派手な音を立てながらキスをして、次元は再び私を抱き締めた。



END







Merry Christmas!!
08/12/21 MOSCO


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