「名前を呼ぶ声




Twinkletwinklelittle star

How I wonder what you are!

Up above the world so high

Like a diamond in the sky.」

 

まるで宇宙のど真中に放り出された気分だな、とルパンは思った。

 

前回この街に来た時は、どでかいビルの合間にはボコボコ穴のように空き地が開いていて、というより、大地の合間にビルが生えているようで、それはそれは妙な光景だったのを覚えている。最先端技術を駆使した高層ビル群は当時からブランドを求める企業に良く売れて、建つごとに即日完売となっていた。が、何せ周りの開発が追いつかなかった。夜ともなれば訪れる人もおらず真っ暗闇で、犯罪のメッカのように言われていた時もあったはずだ。

それがいまや、この街に立っていると輝く星に囲まれている気分だ。

オフィスビル、高級ホテル、高層マンション、複合型ショッピングビル、果てはテレビ局や大学まで。

街は、とっくに「眠り」という二文字を捨て去っていた。

全くやりにくくなったもんだぜ、と何とはなしに呟いてみた言葉すら、一等星のように輝く街に飲まれていった。

 

ルパンは星の合間を泳ぐ。

赤や黄色や青、緑。ぶつからないよう、飲み込まれぬよう、薄くなってしまった闇を選んで慎重に歩く。時折瞬く星を眺めながら。瞬く星のその瞬間を、じっくりと、逃さぬように見つめながら。

 

ビルの中では人が生きている。

パソコンに向かう人、会議で居眠りする人、コーヒーブレイクを取る人、部屋から星を見上げる人、恋人と愛を囁き合う人、机に向かっている人、テレビを見ている人、布団で丸くなっている人、ちょっとリッチな食事に舌鼓を打っている人、服を選んでいる人、お土産を買っている人、機材を抱えた人、廊下を走る人、友達とおしゃべりに高じる人、試験管を振って難しい顔をしている人…

同じ平面座標軸に佇む人間でも、そこに高さが加わるだけで間には絶対的な距離感が生まれる。ビルの二階と三階で、一方は緊迫したプレゼンを展開し、一方はミーティングと称したおしゃべりに花を咲かせている、そんな光景を見つけてルパンの口元は僅かに歪んだ。

当事者達は誰も知らない。共有できるのは、遠くから見つめる旅人独り。

 

ルパンは煙草に火を点けた。

ジッポの光を近づけると、そこにまた、星が一つ生まれる。

赤くて、小さくて、弱々しい仄かな明かり。

まるで自分のようじゃねぇか、とルパンは大きく吸い込んだ。光は一瞬だけ一際大きく光り、実体のなくなった魂の残骸は天高く登って行く。一歩でも、一ミリでも、あの北極星に近づけるように。

 

いつの間にか、華やかな表通りを抜けて暗い裏道に出ていた。道路の両端に立っている水銀灯以外は、ほとんど何も明かりのない道。たまに、先を急ぐ車のヘッドライトがルパンの頬を照らし出す。

その足は吸い寄せられるように、一際暗い場所で止まった。

街は、その移り変わりも早い。高層ビルが立ち並ぶ傍らで、成長を支えてきたものが次々と役目を終えて行く。

恐らくは、つい最近までオフィスビルとして使用されていたのだろう5階建ての小さな建物。半分だけ重機に削り取られて、傾き、無残にも中身のケーブルや鉄骨を晒している。割れた窓ガラス。地面には大量の瓦礫。壁として用を成さなくなった壁には、使用者が残していったのだろう何かのキャンペーン用ポスターが、半分だけ剥がれて揺れていた。

消えてゆく者には、当然光も当たらない。中には闇が広がるばかり。星は建物を見捨てていたが、それは星星の慈悲なのかもしれない。消えて行く者の姿は、なるべくならば見ることも、見せることもしない。

煙草もいつの間にか、その光を消していた。

フェンスを潜って中に入ると、奥へと進んで行く。奥へ、奥へ、誰にも見つからない所へ。星の慈悲で守られた、何より明るい闇の中へ。

 

ルパンは瓦礫の中に座り込んだ。

色彩を欠いた、真っ暗な闇。しかし全ての色を併せ持つという、完璧な闇。永遠に、この闇に包まれている事が出来るのなら、それはどんなに幸せなことなのだろう?

 

「ルパン」

不意に名前を呼ぶ声がして、ルパンは我に返った。突然光が目を刺して、その眩しさに顔を顰める。

「お前、こんな所で何やってんだ?」

相棒が、ハレーションの中で怪訝な顔をして自分を見つめていた。隣には、この街には一番不似合いな侍が、マグライト社製の強力なLEDライトを持って立っていた。

「誰かに狙われたか?」

と侍が問う。

「見たところ怪我はしてねぇようだが…。立てるか?」

とガンマンが手を差し出した。

ルパンはしばらくその手を見つめる。その手は自分に差し出されている。

「ルパン?」

もう一度その名を呼ばれて、今度は、ルパンはニヤリと反応した。

「何でもねぇよ」

しっかりとその手を掴むと、勢いを作って起き上がる。

「さぁ、お星様でも盗りに行きますかぁ!!

伸びをしながらそう言って、再び懐から煙草を取り出した。

 

As your bright and tiny spark

Lights the traveler in the dark

Though I know not what you are

Twinkletwinklelittle star.」

END

Lupin collection」BBS企画
33のお題「名前を呼ぶ声」参加作品


2008/1/14 MOSCO


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