以下。
ある日思いついたルパン三世的小噺……なのですが。
一部に(しょっぱなから)BL的表現を含みます。
しかし。
まったくもってBL的要素はございません(と、個人的には思うんだけどどうなんだろう?)。。。
「BL」の意味がわからない、まったく笑えない。
もしくは過剰な表現を期待してしまった方は……。
パンドラの箱を開かぬ方がよろしいかもしれません…。
ちなみに、作品中、次元はBLをこれでもかとこき下ろしてます。。。
それでもいいよという方は、それこそ「やまなし・おちなし・いみなし」の世界へレッツゴー↓↓
ある日の風景
『…ッ!やめろ!』 肩口を押しのけたはずのその手をルパンに掴まれると、そのまま引っ張られて次元の視界は回転した。帽子が、視界の隅で舞っていった。座っていたはずのソファの上、いつの間にか自分はひっくり返されている。天井と自分の間にルパンのギラギラと光る瞳がある。これは、つまり、そういうことだ。逆の立場で逆のシチュエーションなら、次元もよく知っていた。いつもなら、自分が女に使う手だ。 『…ルパン、一体どうしたってんだ』 掴まれた手首が熱い。振りほどこうと思えばいつでも振りほどけるはずなのに、どうしてもルパンの手を振りほどくことができなかった。 『…どうしたって?』 目の前のルパンが苦しそうな掠れ声で呟く。その声とは裏腹に、彼の口元はグイと引き上がった。この表情も、次元はよく知っている。獲物を前にした時の、ルパン三世がこの世で最も輝く瞬間のあの顔! 『知ってるくせに』 『な…にが!!』 それ以上聞くなと、次元の頭の中で警笛が鳴っている。それ以上はだめだと。知らずのうちに歪んだ顔を見て、ルパンの顔も同じように歪んだ。 『次元、そろそろ年貢を納めようや』 のしかかってくるルパンの体重が、なぜだか心地よく感じている。ずっと鳴っている心臓と、胸の苦しさの正体が、今、わかる気がした――。 |
「…わかるか!」
戻る。
クリック。
スクロール。
クリック。
『…次元! 痛い痛い! 痛いってばよ!』 次元はルパンの声も聞かず、掴んだ右腕の力をますます強くし歩き続ける。恐らく、明日には内出血でルパンの白い腕に手の跡がくっきり残ってしまうはずだ。それでもいい。それでもいいから、今の次元はルパンを滅茶苦茶にしてしまいたかった。ホテルに着いても鍵を開けるのがもどかしく、それでもなんとか部屋のドアを開けると、寝室へ直行しルパンをベッドへと放った。 『なぁ、ルパン』 『な、なんだよ…』 戸惑うルパンの表情を上から見ながらジャケットを脱ぎ、次元は自分のネクタイを首元からするりと引き抜いた。 『おまえは、俺の気持ちなんざ全く考えちゃいねぇんだな』 ギシッと、安いシングルベッドは次元が片膝を乗せただけで悲鳴を上げる。それがルパンの今の気持ちを表しているのかどうかはわからない。しかし、その小さな悲鳴が同時にルパンの肩をびくりと震わせたのは確かだった。 『なぁ、ルパン』 もう一度、次元はルパンの名前を呼んだ。呼びながら、伸ばした手でルパンの体を捕まえようとするが、一瞬だけルパンの避け方が早かった。簡単に空を掴まされ、その意外な行動に次元は自然と笑いがこみあげてくるのを感じた。 『…おまえは、そこまで俺のものになりたくないのか』 『チガッ…! 次元! 俺はお前をッ!』 言い訳など聞きたくない。こんなに長い間時間を共に過ごしてきたというのに、どうしてお前は!どうして「俺」だけは盗もうとしてくれないんだ! そう叫ぶ代わりに、次元はさらに逃れようとするルパンの両手を今度こそ捕まえていた――。 |
「……盗まれて溜まるか」
戻る。
戻る戻る戻る。
戻る戻る戻る戻る戻る……。
ブラウザ閉じる。
ガツン!と不吉な音がして、マウスの左ボタンが吹っ飛んだ。
「…クソッ! ルパンッ!」
怒りのやり場をどこにやっていいかわからずに、とりあえず自分をこんな目に遭わせた張本人の名前を叫ぶと、次元は勢い良く立ち上がった。弾みで、座っていた椅子がこれまた勢い良く真後ろに倒れたということにも気付かないほど、今の彼には周りが見えていなかった。
「おいルパン! ルーパーンーッ!!!」
何度呼んでも返事がないことにイライラを募らせ、そのままドカドカと足音も荒くパソコン部屋を出る。ダイニングの扉をこれまた大きな音をさせながら開け、部屋を突っ切ってリビングへと向かった。
「ルパンッ! いるなら返事ぐらいしろッ!」
そう言われて初めて、当の相棒は次元の存在に気付いたかのようだった。のそりと視線を巡らせると、入り口に仁王立ちの次元の姿を見て一センチだけ眉を上げた。ソファにだらしなく寝そべったルパン三世は、読みかけの新聞をテーブルの上に広げたまま、リモコンを握り締めてテレビのチャンネルをつまらなそうに変えていた。
「よぉ、次元。俺の言っといた資料、目ぇ通してくれた?」
次元が相当頭に来ている事は誰の目が見ても明らかだ。にも拘らず、ルパンは体勢を一ミリも変えず、わざととしか思えないほどののんびりした口調で次元に話しかけた。
「通すも何も一体なんなんだあれはッ! 俺たちゃいつの間にホモになったってんだ! お前また、どっかの飲み屋であることないことベラベラベラベラ喋くりやがったなッ!?」
火に油を注ぐ、とはまさにこのことを言うのだろう。飄々としたルパンの態度に次元はさらに気を悪くした。怒りに任せてルパンの胸倉を掴むと、そのまま今にも殴り飛ばしそうな勢いでまくし立てた。
「お、おいおい、落ち着けよ次元。ホントに俺のこと押し倒す気かぁ~?」
「~~ッ! オッマエ…ッ!!!」
さらに惚けようとするルパンを片手でひっ掴んだまま、次元は右手を腰の後ろへ回した。そして躊躇も見せずに殺気もそのままに、まるで因縁の敵が目の前にいるかのごとく引き金を思い切り引く。
ガウンッ…!!
次元が本気を出したら早い。0.3秒は、相手にハッタリをかますために持っている記録ではないのだ。
「~~~~ッ!!!」
危機一髪で器用に身を捻ったルパンが声も出せずに左耳を抑える。まさか本当に撃ってくるとは思わなかったのか、きつく閉じて痛がるその目からは薄く涙すら滲んでいた。いくらルパンでも、コンバットマグナムを耳元で発砲されたらたまらない。もしかしたら鼓膜の一つや二つやられているかもしれない。その姿を見てやっと満足した次元は、ルパンを掴んでいた手をパッと離すと、向かいのソファへどっかり腰を下ろした。突然手を離されたルパンはルパンで、そのままソファの上に崩れ落ちる。
「…オーマーエーッ!!本気で撃つな!!」
涙をうかべたまま恨みがましい目で睨みつけるルパンに、次元は鼻で一笑すると煙草を取り出した。
「俺がああいう冗談一番嫌いだって知ってるくせに、読ませるお前が一番悪い」
「…それだって最後まで読んだくせに!」
「てめぇが重要な資料だなんて嘯くからじゃねぇか!」
「ホーントに資料なんだよッ!」
咥えかけていた次元の煙草を、まるで怪盗とは思えないほど乱暴に奪ったルパンは、懐からライターを見つけて火をつけた。
「ありゃ、TUSTの連中がネット上で連絡を取り合うのに使ってる暗号文だ」
「…TUSTって」
「TUST」は、世界中に拠点を持っているといわれる犯罪集団だ。主に軍事テロの実行犯を請け負っており、政治の表舞台には絶対に顔を見せないものの、大きな事件の裏を探れば必ずその名前が出てくると言われている。長年裏世界に君臨しているものの、対象が対象だからか、大掛かり過ぎて誰も気付かないのか、その正体を見た者はいなかった。もっとも、いた所で正体を高らかに告発するより先、自分の命がなくなっていることだろうが。
その「TUST」が、最近ルパン一味の命を狙っている、との噂が持ち上がった。事実、やたらと殺し屋の仕掛けてくる回数が多くなった。何の恨みを買ったのかと考えてみるとなるほど、少し前、お宝欲しさにクーデターを一つオシャカにしたことがあった。そこで奴らは何かをやるつもりだったのだろう。計画を潰されて怒り心頭、巨大な組織が泥棒風情を狙うようになったというわけだ。それからというもの、ルパンたちはずっと身を隠しながら敵の正体を探っている。
しかしもっともらしくシリアスに天井へ煙を吹くルパンの顔を、次元はまるで化け物でも発見したかのような目で見た。さっきまで読んでいた、次元に言わせれば悪趣味以外何ものでもない代物が、ルパンによると犯罪組織に大きく関わる、というのだから無理もない。
「…お前、とうとう本当に頭がおかしくなっちまったのか…?」
火をつけかけていた新しい煙草を静かにテーブルの上へ置くと、そのまま無言で立ち上がり部屋から毛布を持ってくる。しばらくは何が起こったかとその様子を見つめていたルパンだったが、次元がそれでルパンを優しくくるみ始めた時にやっと事態を察したらしい。慌てて毛布を押しのけソファの隅にわが身を逃す。
「じ、次元! よせやいよせやい! 俺は病気でもなんでもないぞ! この通り! ピンッピンしてんだかんな!!」
訝しげな顔を崩さない次元の目の前で、わざとらしくラジオ体操まで披露してみせる。それでも納得しようとしない相棒に、九九から昔の出来事から今回の仕事の内容まで事細かに説明して、頭がおかしくなったのではないことを証明するのに小一時間を費やした。
「…で、おまえさんが今まで通りだったってのは認めてやるが、なんであのクソつまんねえ妄想がTUSTと関係あるってんだ」
次元の手元には今や煙草だけではなく、すでにボトルを半分にした状態で酒が転がっている。途中からルパンが正気だというのはとっくに気付いていたのだが、一人で漫才を続けているようなその様子がおかしくて放っておいたのだ。延々となりふり構わず喋り続けるルパンを流石に不憫に思い、息が切れたところでかけた一言だった。
「あいつら、その潔癖を利用してんだよ」
ルパンは、舌を出し絶え絶えといった様子でぐでんと横になっている。ソファに身を投げ出している格好は次元がこの部屋へ怒鳴り込んだ時と同じようだったが、顔は明らかに疲弊していた。本人としては、久々に次元の石頭を本気で相手にした(と思っている)のだから無理もないかもしれない。
「どういうこった」
そんなルパンの為に次元はバーボンを開けて注いでやる。ついでにダイニングからつまみを数点持ってくると、それも酒の隣に並べる。そして改めてソファへ深く腰掛けると、長い両足をテーブルの上へ投げ出した。完全に仕事の話をする体勢ではないが、そんなことを気にする二人でもない。
次元の労いに気をよくすると、ルパンは身を起こして事の次第について話し始めた。
「だいたいが、俺達がちーっとばかし有名になりすぎちまったってのがいけねえんだ」
「なんだ、有名税はお前にとってステータスみたいなもんじゃなかったのか?」
「そらそーだけっどもがよ、おまえも怒ったろ?俺だって、最初にああいうの見つけた時はさすがにありゃねぇわと思ったわけよ」
でも、この世は愛に飢えてるのかねぇ~と、懐からジタンを取り出したルパンは呟いた。
「男と女ならいざ知らず、男同士、女同士、子供に老人。果てにゃ鉛筆と消しゴムとか冷蔵庫と電子レンジとか、そんなものまでカップルになっちまう時代よ、次元」
「ケッ。俺にゃ理解できねぇ文化だな。見たくもねぇ」
げぇ、と次元が舌を出して見せると、ソレだよ、とルパンが次元を指差した。
「奴らはその感覚を利用したってわけ。自分が興味もない人様の趣味なんて、いくら情報探してる時ったって普通は避けて通るかんな~。堂々とURL公開してたって、見られないなら全く問題ない。下手なセキュリティかけるよりよっぽど安全だぜ」
「お前にゃ逆効果だったな」
ニヤリと笑って次元がバーボンを呷る。
「そうそ、俺様、嫌だ嫌だと思うものほど攻略したくなっちゃうのよね」
「マゾだからな」
「そうそ…って、なんだとッ!」
ルパンがテーブルを叩いて立ち上がり、もっともらしく詰め寄って怒って見せると、次元はさして気にするでもなくひらひらと両手を振った。
「うそうそ。こんなしつこいマゾは世界中のサドがお断りだ」
「…なんかそれも引っかかる言い方だな…」
と眉間に皺を寄せながらも素直に座り直し、バーボンで口内を湿らせたルパンは改めて話を再開した。
「てことで、最初は知らない世界の扉を開け続けてただけなんだが。おかげ様でな、次元にも読んでもらったあの二編だけは、全国の俺様ファンの汗と涙の結晶とは違うってのがわかっちまったってわけよ」
「…お前、最近部屋から出てこなかったと思ったら、ずっとあんなの読み続けてたのか?」
「ああいうのも意外と深いとこ突いてんだぜ~」
短くなってきたジタンを最後の一服とばかりに深く吸い込み、ルパンは灰皿の中で吸いさしを消した。
たとえばよ、と言いながら立ち上がり、次元の背後を回って再びその目の前に現れたとき、そこには次元好みなことこの上ない妙齢の女がしなを作りながら立っていた。
「アタシみたいなオンナがいたら、あなたは間違いなく食いつくでしょう?」
そう言いながらソファに自分の場所を作ると、女は次元に寄り添うようにそっと座った。
「うっ…」
ふわりと漂う女性らしい香水の香りの中にジタンの匂いが混じっている。しかしいくらルパンの変装だとわかっていても、次元は本能的な胸の高鳴りを抑えられない。それくらい、まさにクリーンヒットだった。
一方で、何でルパンに自分の好みが知れたのか、考えるだけで恐ろしい、とも思っていた。女に出会うたびにギャーギャーと騒ぎ散らかす相棒と違って次元は好みの女に会ってもやたらと騒いだりしないし、ルパンの目の前でイチャイチャしたことだって一度たりともない、はず、なのに。
次元の焦りも気付かないかのように、女はソファの上で次元をリードする。徐々に体重をかけていくと細い腕と体で難なく次元を組み敷いた。ここまで好みに合う女には、今まで出会った事がない。中身は中身でも、悲しいかな、次元には引き離すことができなかった。
「でもね、アタシはルパンなの。実際は……」
そこまで次元好みのハスキーなソプラノ声で話した女は、右手で左の首元に手をやった。そのまま思い切りよく皮膚を剥がすと、ばあ、と舌を出しながら、してやったり顔で笑ういつもの相棒の姿が顔を出した。
「俺様の技術をもってしちゃえばね、お前をオトすなんて朝飯前ってヤツなのよ」
ガチャ。
リビングのドアが開かれたのと、我に返った次元の銃が再びルパンの顔面を狙ったのは、同時だった。
一瞬遅れてからドアの向こうに目をやった二人は、その表情を見てすぐに相手が大いなる勘違いの下に脳内をフル回転させていることを察した。が、こういう場合、相手が何も言わない以上、こちらから下手な弁解をすれば逆効果になることもこれまでの人生経験上よく知っていた。浮気現場を押さえられたときと一緒の感覚かもしれない…と次元が思ってしまったのは、明らかにルパンに見せられた小説のせいだ。
「……」
「……」
「……五ェ門」
ルパンが遠慮がちに声をかけると、買い物袋を両手に提げて放心していた五ェ門は、急に我に返った素振りを見せた。
「…失礼仕った」
それだけ言うと、再び器用にドアを閉める。
部屋に再び沈黙が落ちた。
どうやら、次元が構えた銃はルパンの背中に隠れて見えなかったらしい。そうと知らぬ二人には、五ェ門の言葉の意味から完全に誤解されていると気付くまでに、さらに数秒の時間を要した。
しばらく顔を見合わせていたルパンと次元の顔面が、考えに至り徐々に蒼白になる。
そして、弾かれたように動き出した後が速かった。
「ちょっと待て五ェ門!!」
「五ェ門!! 誤解だ!」
我先にと狭いリビングの入り口を通り抜け、玄関で草履を履いて外に出ようとしていた五ェ門を二人がかりで羽交い絞めにする。
「五ェ門! 話を聞け!」
「そうだ! 聞けばわかる!」
「離せ! そんなに焦らずとも拙者、そういう関係には偏見がないから安心しろ!」
「なんだよそれ!!」
五ェ門相手に説明と説得と理解に要した時間は、次元のそれと比べ物にならなかった。二人が本気で代わる代わる喋り続けて尚、二時間とも三時間とも、一週間ともつかなかったとか。
結局、そんな苦労をかけさせられたルパンが、八つ当たりともなんともつかないハチャメチャな攻撃をTUSTに仕掛けたのは、また別の話である。